日本での大流行
1933年(昭和8年)、洋行帰りの教員がアメリカ土産として持ち帰ったのが嚆矢だといわれる。いわゆるモダンボーイとかモダンガールと呼ばれた者が楽しんでいたが、訓練を要さず誰でも手軽に楽しむことができたので、サラリーマンや学生の間にも広まり、大阪でヨーヨーの競技大会と思しきイベントが開催されている。仕舞いには老若男女の別なくヨーヨーを持ち歩くようになった。同年、東京・日比谷にあった仮国会議事堂を警備哨戒中の一警邏が、職務中にヨーヨーで遊んでいたとして「職務怠慢」による懲戒免職に処せられた。翌年初夏には既にブームが沈静化している。戦後、日本ではコカ・コーラの販促品をきっかけにした第一次ブーム、スケバン刑事による第二次ブーム、バンダイの玩具ハイパーヨーヨーによる第三次ブームが起きている。